魅惑への助走
 ……抱かれた後、しばらくの間そのままで肌を寄せ合っていた。


 こうしているだけで安らぎと穏かな気持ちを分かち合うことができる。


 いつの頃からか自分の居場所を探し続けてきた私が、ついに手に入れることのできた、私だけの場所。


 苦労することなく、生活の全てが満たされている居心地のよい場所。


 一度手にしてしまった以上、失うことを恐れてしまうけど、向こうのほうから離れていくことがないのは確信している。


 あるとすれば、私が自らの意思で手放してしまう時だけ。


 何もかも満たされた今の生活を、私の手で断ち切ってしまうなんて、到底信じられない。


 「葛城さん……?」


 眠くなって一瞬意識が途絶え、その間に葛城さんが消えたような錯覚がして、慌てて確認した。


 「どうしたの、明美」


 「葛城さんが突然、いなくなったような気がして」


 眠りに落ちていた葛城さんが目を開けて、私をそっと抱く。


 「俺は絶対に、明美から離れたりしないよ」


 誓いながら優しく髪を撫でてくれる。


 ……葛城さんは絶対に、私を裏切らない。


 そして私のほうも……絶対に葛城さんのそばを離れることはないと信じていた。
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