魅惑への助走
 彼の裏切りを薄々察する彼女を宥めすかし、ごまかすために抱き続ける日々。


 だがメジャーデビューを目前に、彼は何も言わずに彼女の元を去ってしまう。


 やがてスターダムにのし上がった彼。


 押しも押されぬ人気ミュージシャンにのし上がり、人気女優やタレントと次々に浮名を流す。


 そんなある日、本当に久しぶりに地元に凱旋する。


 地元の昔なじみには大歓迎されるが、その合間にふと昔の恋人である彼女を思い出す。


 あれから一度も会わないままだ。


 急に気になって、何かに導かれるかのように彼女に会いに行く。


 昔暮らしたあのボロアパートはあの日のままで、そこで彼女は彼を待っていた。


 昔と何も変わらぬ姿で。


 長年の不義理を詫び、彼は久しぶりに彼女を抱いた。


 まさに夢のような瞬間で、彼は彼女の腕の中眠りに落ち……。


 目覚めて辺りを見渡せば、彼は野ざらしの更地に横たわっていた。


 通りすがりの人に尋ねると、ここにあったアパートは地上げに遭い、とうの昔に取り壊されたと。


 そして彼女は裏切りに傷付いたまますでに亡くなり、無縁仏として葬られていた……。
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