魅惑への助走
　……宴は終わり、私はタクシーで部屋に戻った。


　葛城さんのいない、一人ぼっちのベッドの上。


　静かな部屋の中、今日体験した様々なことが色鮮やかに甦ってくる。


　SWEET LOVEに半ば強引に押しかけて、現場の見学を懇願して許可をもらい。


　人気AV男優・佐藤剣身の撮影現場に立ち会う。


　相手役のりらさんとの、濡れ場の撮影を目の当たりにする……。


　りらさんの甘い声が耳から離れない。


　……不思議な感覚だった。


　何もかも知り尽くした元カレが、目の前で他の女を抱く姿を見せ付けられても。


　あるがままの現実を、静かな気持ちで受け入れられたのは意外だった。


　すでに別れたといっても、かつて幾度となく体を重ねた男が、自分の見ている前で別の女を抱く現場に立ち会ったとしたら、いたたまれない……それどころか今さらながら嫉妬に狂うかもしれないって覚悟していた。


　なのに客観的にその現場を眺めていられる自分がいた。


　単なるAV男優と女優が、ただ仕事上の演出として撮影をこなしているという感覚だった。
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