魅惑への助走
 「いつかこんな日が来るような気はしていた」


 葛城さんは私を離し、ベッドから降りた。


 そのままキッチンへ向かい冷蔵庫の中から瓶ビールを取り出しグラスに注いだ。


 「明美も飲む?」


 「はい……。いただきます」


 私のグラスにもビールは注がれ、手渡される。


 ベッドの両端にそれぞれ腰掛けながら、お互いビールを飲んだ。


 「……私が佐藤剣身と再会したのを知って、こういう事態になることを予測したのですか」


 少しビールを味わい、一段落した頃ようやく葛城さんに尋ねた。


 「その時は確信に変わっただけで、もっと前から……」


 「もっと前ですか」


 いったい葛城さんはいつから。


 「もしかしたら、婚姻届を提出する前から予感はあったのかもしれない。なぜなら結婚という法的な絆と引き替えに、明美に本来の夢をあきらめさせたのは俺のほうだったから」


 私を手に入れるために葛城さんは、結婚という法律上の繋がりにより私を閉じ込めようとした。


 しかし常に不安はつきまとっていた。


 私がいつの日か封印した夢を抑えきれなくなって、全ての鎖を引きちぎってでも自分の元を去っていくような気はしていたと葛城さんは語る。
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