公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~

馬車内で交わした言葉はそれだけで、彼は車窓の暗闇を見つめ、それからは屋敷に帰り着くまで口を閉ざしていた。


私を見ようとせずに、手だけ握りしめていたのは、どういった心情からなのか。

もしかして、ジェイル様も私のことを……。


心が通じ合えるのではないかという期待と喜びは、膨らまないうちに押し潰される。

私はゴラスに帰らなければならない。

この目で町が変わっていく様を見届けなければ安心できない。

このまま、この屋敷に住み着くつもりはないのだ。

彼の側としても、辺境伯の娘を名乗るつもりのない私は、もはや不用品だろう。


だから、繋がれていた手は離され、背を向けられる。


「沐浴室へ行け。ゆっくりと湯に浸かって、疲れを癒すことだ。明日から俺は忙しくなる。悪いが、食事はひとりで取ってくれ」


玄関ホールを進んだ先の階段を、見目好い燕尾服の後ろ姿が上っていく。

階段の曲がり角にその姿が消えてしまうと、寂しくて、私はショールを羽織ったままの自分の体を強く抱きしめる。

玄関ホールの寒さがことさらに、染み入るような心持ちでいた。


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