公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~

「ご褒美、あげるわよ。目を瞑って少し屈んで」


それを聞いた男は、下心に頬を緩ませ、厚みのある唇を嫌らしく尖らせる。

そして私がキスをしやすいようにと、膝を軽く折り曲げた。


一歩前に進み出た私は、左手を彼の肩にのせ、右手は人差し指と中指を揃えて横にして、彼の唇にそっと当てる。

『気持ち悪い。キスなんてするはずないでしょう。手で充分よ』と心で毒づきながら、彼から離れて一歩下がると、騙された男は喜びの中で目を開けた。


「クレアの控えめなキスは、なんていじらしいんだ! 早く君を俺の妻にーー」

「もう行って。私、仕事中なの。ドリスに叱られるわ」


男に背を向けてから、唇に触れさせた二本の指をエプロンで拭う。

それから籠を手に歩き出し、宿屋の通用口から建物内に戻ろうとした。

すると後ろに「次はお望みの品を買ってくるよ」と声がかけられたけど、「期待してるわ」と振り向かずに答えただけで、パタンと戸を閉める。

そこはすぐに台所兼、作業場となっていて、細身ではあるが、私よりは肉付きのいい中年女性が調理台に向かっていた。
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