公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
彼女は、この宿の女主人のドリス。
木桶の中にはじゃがいもがたくさん入っていて、ひとつを手に取ると、見事なナイフ捌きでたちまち剥きあげる。
ここはベッド数が二十五しかない小さな宿で、従業員は彼女と私のふたりだけ。
毎日とても忙しいけれど、安宿にもうひとりを雇用する余裕はないと彼女は言う。
裏庭に面した台所の窓は、半分開いていた。
宿泊客の夜の食事の下拵えを始めたドリスは、「丸聞こえだったよ」と手を休めずに言い、それから母親のように私を心配して注意してくれる。
「生娘のくせに、危ないことをするんじゃないよ。男を軽く見てると、今にしっぺ返しがくるから気をつけな」
「そうね、気をつけるわ。でも私にはお金が必要なことも分かってね」
そう、私が群がる男たちにアクセサリーなどの高価な品を貢がせているのは、自分が着飾りたいためではなく、お金が必要だからだ。
さっきもらったカメオのブローチも、ねだった最初から身につけるつもりはなくて、この後すぐに質入れする予定でいる。