公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
『気をつける』と言いつつも、私が行いを改める気がさらさらないことに、ドリスは皮剥きの手を止めて小さな溜め息をついた。
それからエプロンのポケットに手を入れ、銀貨二枚を私に向けて放り投げる。
籠を落とした私は、放物線を描く二枚を慌てて捕まえると、驚いた目をドリスに向けた。
「くれるの? どうして?」
「昼に帰った客が置いてったんだよ。クレアが優しくしてやったから、ちょいと多めのチップさ」
昼までいた客といえばきっと、身なりの貧しい初老の男性だ。
娘の嫁ぎ先の遠い町に行くと言っていて、この町、ゴラスは通過地点だと話していた。
靴擦れを起こしている足が痛そうだったから、昨夜の私は木桶に湯を汲み足を洗ってあげて、油を塗って包帯を巻いてあげた。
そのお礼だとしても、銀貨二枚はさすがに高すぎる。
「宿賃より多いじゃない。あんな貧しそうな人からもらえないわ。返さなくちゃ」
慌てて通用口の板戸に手をかけたら、「もう町を出てしまったよ。追いつけやしないさ」とドリスに言われた。
「クレア、もらっておきなよ。大丈夫、盗賊に狙われないようにわざと貧相な格好をしていただけで、金はありそうな老人だったよ。銀貨の一枚くらい……じゃない、二枚くらい、もらっても構わないさ」