例えば君に恋しても
涙さえでやしない。
遠い実家に帰るお金もないけれど
数日前、婚約を取り消したとだけ伝えた親に合わせる顔もない。
驚く両親の声に返す言葉もなく途中で電話を切ってしまったんだ。
瑛士さんと連絡がとれなくなって
もう
どのくらい経ったのかしら。
1ヶ月くらいのような気もすれば
永遠のような長い時間にも思える。
それでも、まだどこかで
彼を信じたい私がいた。
「・・・瑛士さん
何処で何をしてるの?
無事なの・・?
瑛士さんの美織は、ここにいるんだよ。
早く・・・迎えに来てよ。
淋しくて
辛くて
死んじゃうよ?」
呟く声は何処と無く消えていく。
幸せ絶頂期だった、ついこの間までの私はもういない。
「早く、悪い夢から醒めたいよ・・・」
ボストンバッグを枕がわりにベンチに寝転ぶと
たまーに、通りかかる通行人が怪しむように、横目で私をちらちら見ながら通りすぎていく。
そんな中、また一人通りすぎようとしていた人影が寝たふりをしている私の前でピタリと立ち止まった。
「いくら暑くてもこんな所で寝てたら風邪ひくよ」
なんとなく、聞き覚えのある声に目を開けると、瑛士さんを詐欺師呼ばわりしたあいつが、バカを見るような半笑いを浮かべて私の顔を覗きこんでいた。