臆病者で何が悪い!
「――生田さん。これ、栄養ドリンクです。どうぞ」
あ、あれ――。私の課を出たすぐのところの廊下に、生田と女性が立っていた。それは、同じ課内で働く宮前さんだった。役所で働く人皆が公務員というわけではない。最近では、庶務的なことをしてくれている派遣社員の女性が各課に最低一人はいるのだ。宮前さんもそんな派遣社員の一人だった。
「え……、ああ、どうも」
生田が差し出された小瓶を受け取っている。私は、何故だか咄嗟に廊下の角に姿を隠してしまった。
「いつも、遅くまでお疲れ様です。昨日というかもう今朝でしたよね、退庁したの。倒れたりしないかと心配です」
隠れたくせに、こうしてこっそりのぞいたりして、私はどんだけ悪趣味なんだ。
「ああ……。宮前さんは、まだここに来て間もないんでしたっけ? ここではこういうの当たり前のことなんで、お気遣いなく」
そう言うと、生田は部屋に入って行ってしまった。そんな生田を見送る宮前さんの表情がこちらから良く見える。
なんでだろう。派遣の女性ってみんな綺麗。それに仕事もよくできる。ふんわりとしたスカートが女性らしさの象徴みたい。仕事もきちんとできて女らしさも忘れない。二人並んで立つ姿を見ると、そういう人こそ生田に似合いな気がした。
そのまま宮前さんも部屋に戻るのかと思ったら、そのままこちらへと向かって来た。慌てて私は廊下の角に身体を完全に隠す。
なんで、私、隠れてるんだ――?
そう思い直して、出て行こうとすると、宮前さんとは違う別の女性の声まで耳に入って来た。
「宮前さん! 今の、生田さんじゃなかった?」
「うん。そう」
廊下で知り合いに出くわしたらしい。これで、またなんとなく出るに出られなくなった。
「生田さんに、何渡してたのよ」
「え? 見てたのぉ?」
なんだか、女子トークが繰り広げられそうな気配……。
「毎日生田さん残業続きで、心配になって。それで栄養ドリンク渡してただけだよ」
「残業続きなのは生田さんだけじゃないよね?」
「それは、そうだけど……」
「狙ってるんでしょう。生田さん素敵だもんね」
「……うん。まあ」
「ああ、認めたー!」
「だから、生田さんはダメだからね」
「何それ。自分がものにしたいからってこと?」
すごい……。どうしてみんな、普通にそういう発想が出来るんだ?私の思考回路じゃ考えられないけど……。
でも、そうだよね。宮前さんのような普通に女性らしい人なら、まず「手に入れたい」という感情に向き合ってそれに忠実に行動できる。
「だって、私もそろそろ結婚したいし。生田さん、本当に仕事も出来るし将来も有望そうだから」
「あの人、キャリアだしね。でも、今見て思ったけど、結構冷たそうじゃない?」
「ああ、それは気にしないよ。生田さんは誰に対してもああいう感じだから。そういう人なの」
「ふーん。じゃあ、まあ頑張ってよ。落とせたら、ここに派遣で来た甲斐があったというものだ。エリート官僚の妻かぁ……。でも、その前に彼女いないか確認しておけば?」
彼女――。その単語に、ぴくりと反応してしまう。そして、そんな自分が図々しく感じる。
「それは、大丈夫だよ。あんな激務で女性と付き合う時間なんてないって。他のキャリアの人に聞いたことあるけど、出会いの場も出会いの時間もないって。だから、先月だって派遣の子、キャリアの人と結婚したでしょ」
「ああ、そう言えば。派遣の子との結婚、結構多いよね」
それは、ある。帰宅が深夜に及ぶ役所の人間は、昔から付き合っている人でもいないとなかなか出会いの場はない。それで、派遣で来ている女性と結婚……というのはよくある話だ。
それにしても、生田、結婚適齢期の男としての市場価値が高すぎる。経歴、将来性、容姿、すべてにおいて高レベルだ。どこに出品しても、速攻で競り落とされるだろう。
本当に、私でいいのかな。
京子も宮前さんも、二人とも、ごくごく真っ当な女性だ。私みたいに、見た目も性格も女子力ゼロの人たちじゃない。卑屈でもない。女性として真っ直ぐに綺麗な花を咲かせているキラキラ女子。私が知らないだけで、他にも生田を見ている女性がいるかもしれない。
はっきり言って、選び放題じゃないか。
いつの間にか、宮前さんたちの声は聞こえなくなっていた。手にしていたビニール袋の中にある栄養ドリンクに目をやる。さっき、宮前さんが渡していたのもこれと同じものだった。
まあ……、これは自分で飲もう。
ビニール袋をそっと背に回し自分の席に戻ると、生田がお昼ご飯を食べているのが目に入った。その席には、私が買ったのと同じ栄養ドリンクが置いてある。
私って、本当に彼女ってポジションでいいのかな……。
自分の置かれている立場が、どうにも自分にしっくりあっているものだとは思えなくていたたまれなくなる。