臆病者で何が悪い!

「……ここって」

次第に景色が変わって来て、車が止まった場所は関東近郊の温泉地だった。

「箱根だよね! 箱根の、なんだっけ……」

「芦ノ湖だよ」

「そう、芦ノ湖!」

目の前には、湖――芦ノ湖が広がっていた。その奥には富士山が。晴れ渡る澄んだ青空にくっきりと見える。その景色に、心を奪われた。上手い言葉が出て来なくて、ただ見惚れるばかりだ。都内より数度気温が低い。ひんやりとした空気が気持ちいい。

「東京に出て来てから、箱根にはいつか行ってみたいって思っててさ。おまえは、来たことあった?」

隣に立つ生田が私の顔を覗き込んで来た。

「ううん! 私も来たことないんだよ」

東京に住んでいたからそう遠くはない場所だ。でも、箱根に来る機会はなかった。
もちろん温泉街としては超有名な場所だったけれど、何故だか足を運んだことはなくて。でも、新宿駅なんかでポスターを見たことはあるから、いつか行ってみたいと思っていた。

「そっか。なら、良かった……」

「どうしたの?」

生田が大きく息を吐くから不思議に思う。

「いや、場所を秘密にしたりして大袈裟なことしたから、何度も来たことある場所だったらサイアクだって思ってさ」

「生田でも、そんなこと思ったりするんだ」

そんな生田の意外な一面が”かわいい”って思ってつい笑ってしまった。
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