臆病者で何が悪い!

「笑うな」

「バカにしてるんじゃないって。ただ、そういう問題じゃないなと思って。何度も来た場所だって、一度も来たことない場所だって関係ないよ。こうやって私のためにいろいろプラン立てて考えてくれたって事実が嬉しいんだと思う」

本当にそう思う。

車を駐車場に停めてから、歩き出した。湖畔沿いに杉の木が立ち並ぶ、杉並木の街道を散策した。そびえたつように背の高い杉の木のせいで、晴れ渡った空を遮り、少し薄暗くさえある。その静寂な雰囲気が、忙しない日常を忘れさせてくれた。

「ここ、素敵なところだね。落ち着く」

歩くたびに響く砂利を踏む音。その音と、微かに聞こえる木々が擦れる音と。ゆっくりと歩いているからか、心に静けさが広がって日々の疲れや精神的しがらみが軽くなって行く。

「本当だな……」

杉の木を仰ぎ見ながら生田も呟く。どちらからともなく握り締めた手のひらが、さらに心を穏やかにした。このまま何も喋らなくても、こうしていられればそれでいい。そんな気さえしてくる。いつの間にか、生田と過ごす時間は私を素のままの自分にしてくれている。気を張るでもなく、頑張らなきゃって気負うこともなく、ただの沙都って人間にしてくれる気がした。隣を歩く生田を見上げると、生田も私を見てくれる。別に何か言おうと思ってのことじゃない。ただ見つめただけ。それに応えるように見つめ返してくれる。ただそれだけで、幸せな気持ちになるなんて。

私、生田のこと好きだ……。

自然にそう思った。本当に不意にそう心に浮かんだ。きっともう前からそうだったに違いない。でもこうしてはっきりと『好き』って言葉が浮かんだのは初めてだ。あんなに好きになるのが怖かったのに、こんなにも自然に思えてしまうんだ。それが、恋なんだろうな。

生田、好きだよ――。

心の中で呟く。恥ずかしくて、突然そんなことこんな場所で言い出せない。自分に自分で照れてしまった。

「どうした?」

「う、ううん。別に、なんでもないよ」

急に襲って来たドキドキが私を盛大に恥ずかしくさせて俯いた。俯いて生田の顔が見ることが出来ない分、握り合う手に力を込めた。
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