臆病者で何が悪い!

ようやく眠りにつけたと思ったら、あっという間に朝が来て。いつもなら、どんなに外が明るくなろうとも頑なに目を閉じて眠りほうけていたいというのに、ぱっちりと目が開いてしまった。

結局、あんまり眠れなかった――。ぼーっと天井を見つめる。この天井も、あと一か月くらいで見られなくなるんだ……。ああ、ダメだ。いちいち感傷的になる。どうせ、二度寝も出来ないだろう。諦めてベッドから這い出ることにした。

洗面所へと足を引きずるようにして向かう。鏡に映った私の顔は、サイアクなものだった。睡眠不足が顔に出る年になったってことだ。

二年後――。私は、30歳を過ぎている。

蛇口をひねり、まだ暖まらない水道の水で顔を洗う。今日、生田に会うの、なんだか怖いな――。不意にそんなことが胸を過った。会いたいのに。早く話をしたいはずのに。どうしてそんなことを思ってしまったんだろう。辛い時の胸の息苦しさを感じる。思わず自分の胸に手のひらをあてた。

何かの予感?
女の勘?
第六感?

なんだかよく分からないけれど、胸騒ぎがする。それは、二人の関係に、何らかの変化をもたらす――。そんな予感なのだろう。どちらにしても、変化は間違いなくするのだから。

待ち合わせは16時だ。ただいまの時刻、12時ちょうど。約束の時間まで、この生田の部屋で一人で待っていても、まったく落ち着かない。

とにかく、外に出て気を紛らわせよう。

そう思い立って、すぐさま着替えた。久しぶりに会う上に、外でのデートだ。この日のために、生田のお姉さんに買ってもらったワンピースを生田が不在の間に持って来ておいたのだ。着るなら、このタイミングしかない。

まだ冬なのに、春を思わせるピンクベージュのワンピース。こんなに明るくて品の良い色合い、私では絶対に選べない。ピンクとか、私のイメージとは真反対だからだ。でも、せっかくいただいたんだから、お姉さんからの言いつけ通り、生田とのデートで着て行こう。そう思った。鏡の中の私は、やっぱりどこかぎこちない。自信たっぷりに着こなすことはできないけれど、なんとか、”おかしくはない”という程度にはなった。コートを着て、パンプスを履く。そして、ブレスレットが私を力づける。

ドアを開けると、一気に冷たい風が差し込んで来た。思わず肩をすぼめる。今日は一段と寒いかも――。見上げた空は、雲で覆われていてどことなくどんよりと灰色をしている。どこで、時間を潰そうか。まずは、軽くランチでもして――。そんなことを考えていた。

階段を下りて、エントランスを超えて通りに出ようとしたその時。マンションの前に誰かが佇んでいた。

住人かな――?

このマンションは単身世帯用なこともあり、住人とあまり顔を合わせたことはない。だから、人がいたことに少しばかり驚いた。気にはなりつつそのまま通り過ぎようとした時、単なる驚きとは別の、違う何かを感じた。

どこかで、見たこと、ある――?

咄嗟にそう思ったのだ。このマンションにはもう何度も来ている。だから、無意識のうちにここですれ違ったことのある住人なのかもしれない。すぐにそう思いもしたけれど、そうじゃないと私の脳が訴えて来る。
じろじろと見るわけにもいかなくて、それでも少し歩く速度を緩めた。その人――その女性は、マンションの前を不自然に行ったり来たりを繰り返していて、ついそれを見ていたら目が合ってしまった。それで、困ったように慌てたように、その女性はぎこちなく会釈をしてきて――。

あ――。この人……。

その顔をはっきりと見て、思い出してしまった。

そこにいたのは、以前、生田の実家で見てしまった写真の中にいた女性だった。見間違いかもしれない。一度だけ見た写真だから、勘違いかもしれない。でも、なぜだか確信があった。絶対に間違いない。あの人だ。

決して華やかな雰囲気ではないけれど、感じがよくて賢そうな顔立ち。写真の頃より髪が短くなっているけれど、それでも見間違えたりしない。固まる私を一瞬怪訝そうに見たけれど、すぐに私の視線から逃げるようにエントランスの中へと入っていった。

どうして――? 一体、何しに――?

こんなところで突っ立っていれば私の方が怪しいのに、一歩も動けない。
< 297 / 412 >

この作品をシェア

pagetop