臆病者で何が悪い!
ロビーを並んで歩き、ビルから出るとほんの少し涼しくなった風が私たちを吹き抜けて行く。
「今日は、直帰でいいって補佐が言ってたよね。生田はどの駅から帰る――」
「あれ、もしかして、沙都?」
オフィス街のど真ん中、ビジネスマンたちが行き交う歩道に出て生田に問いかけた時、もう何年も聞いていない声のはずなのに一瞬にして思い出してしまう忌まわしい声が耳に届いた。
身体中が強張るのを感じながらも、その声に振り向いてしまう。
「やっぱり、そうだ。久しぶり」
私の人生の中で一番思い出したくない男――。
「元気だった?」
ただの学生時代の友人にでも会ったかのような顔で”元気だった?”なんて聞いて来て。
あなたのことを忘れるためにどれだけの努力をしたか。”元気”になるのに、どれほどの時間を要したか。
そんなこと、俺には関係ないって顔で、微笑みかけてきて。
ほら沙都、余裕で笑い返しなさいよ。「元気よ」って。
こんなところで再会して、狼狽えた姿を見せるのは惨め過ぎる。一生懸命そう自分に言い聞かせるのに、まったく身体がいうことを聞かない。突然私の目の前に現れたのは、痛い失恋の相手、大学時代の元カレだった。
大学4年になってすぐ、私が初めて付き合った人。私の初めてをすべてを捧げた人。そして、私の人生でたった一人、恋人だった人――。ううん。恋人だと思っていたのは私だけだった。この人は、私のことを彼女だなんて思っていなかった――。
「沙都?」
何も言葉を返せないでいると、元カレ――達也が不思議そうにもう一度名前を呼んだ。
「元気。元気にしてる」
「そっか。それならホッとしたよ」
――ホッとした。
その言葉に胸が苦しくなる。目の前にいる男は、嫌味なほどの微笑みで私を見下ろして。それに比べて、私は惨めなほどに固まって。こんな姿、これ以上この男に見られていたくない。あの頃の惨めで情けなかった自分を思い出して。泣くしか出来なかった自分が悔しくて。