恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。


「うまく生きようとすることは、時に自分を殺すのかもしれないな」


雅臣先輩の声は、ピアノ線のように強く、真っ直ぐ、静かに部室に響き渡った。

私と業吉先輩は顔を見合わせて、『また、なぞなぞが始まったな』という心の声を共有しつつ、同時に雅臣先輩へ視線を向ける。


「うまく生きるということは、周りの人間と同じように、自分だけおかしな事をしないように、常に常識という模範に沿って生きる事だ」

「んー……つまりどういうことですか?」


うまく生きようとすることが、普通から逸脱しない事っていうのはわかった。

でも結局なにが言いたいのかがわからなくて、私は首をかしげる。


「つまり自分らしくではなく、みんなと同じであることが学校では求められるという事。だから、物部さんのように夢を追う人がおかしな目で見られるんだ」

「あぁ、俺はなんとなくわかったかも。学生なのに背伸びしてとか、他人とは違うっていう雰囲気のヤツって、よく叩かれるよなぁ」


業吉先輩は苛立たしそうに、カップ麺の縁を箸でトントン叩いていた。

確かに、ふたりの言うとおりかもしれない。

物部さんが小説を書いてたって、何もおかしな事ではないのに、どうしてみんなはそれを笑うのか。

夢を追う物部さんがおかしい、そんな雰囲気だった。

そんな世界って、なんか悲しい。

だけど、おかしいって異論を唱える人は私を含めていない。

対立するのは目に見えてるし、人に向き合うのを面倒だと思ってるからなんだろうな。

そう思うと、学校ってなんのためにある場所なのか、疑問に思う。

とはいえ、高校に行くのは義務教育ではないが、社会的に見ると暗黙の了解で進学するのが当たり前になっている。

行かなきゃいいなんて簡単に逃げ出せない。どんなに小さくても、学校は私たちの社会だ。

だから余計にここでうまく生きなくてはと、そればかり考えてしまうのかもしれない。


「自分にないモノをもってる人間は、化け物にでも見えるのかもしれないな」


化け物……。

雅臣先輩の例えは、いつも奇抜的かつ斬新だ。

けれど、他にぴったりな比喩が見つからないほどに、彼の言葉選びのセンスはいい。

こう、胸に残るインパクトがある。

雅臣先輩の言うように、うまく生きるために夢を心を自分を隠さなきゃいけないのなら。

確かにそれって、自分を殺しているのと同じだなと思った。

< 81 / 226 >

この作品をシェア

pagetop