イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「……仕方ないな。とりあえず、きみの話に合わせていればいいんだろ?」

「え?」



聞こえたセリフにハッとして、今はまだ遠目に見えるお兄ちゃんから目の前の男性へと視線を戻す。

心底面倒くさそうな顔をした彼は、それでも私をまっすぐに見上げていた。



「俺の名前は空木悠悟(うつぎゆうご)。29歳。商社で営業やってる」

「あ……一之瀬志桜(しお)です。えと、24歳です」

「イチノセシオさんね。で、お兄さんの名前は?」

「あ、兄は千楓(ちか)といいます」

「了解」



言いながら、彼──空木さんは、テーブルの上にあったタブレットを足元のビジネスバッグの中へとしまい込んでいる。

その様子を半ばぽかんと見つめていたら、空木さんが自分の右隣にある空いたスペースを指で叩いた。



「とりあえず、隣来たら?」

「え、あ、はい……」



言われるがまま、私もテーブルの前に立つ。

……あれ、なんか、いつの間にやら私の方が圧倒されてるぞ?



「言っとくけど、あくまで俺はきみの話に調子合わせるだけだから。あんまり頼りにしないで自分でなんとかして」



ハキハキとそう話す彼に、やはり私は「あ、はい」と大人しくうなずくのみ。

なんていうかこの人、すごい切り替え早いというか、肝が据わってるな。

私が思うのはナンだけど、普通こういうときって、もっと慌てふためいたりするものじゃないの?
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