イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「……一之瀬兄妹、ぶっ飛びすぎだろ」



うん。さすがに私も、これはぶっ飛んでるってわかってる。

ふたりきりでゆっくり話をするためだけに、ホテルの1室を用意するなんて。

ここを手配したのはお兄ちゃんだ。だから私も最初、お兄ちゃんがシティホテルの部屋を取ったと聞いたときは正直目眩がした。

けど、ここまで来てごちゃごちゃ文句も言ってられない。さっきから視界の片隅にダブルベッドが映り込んでいて否が応でも体温が上がるけれど……協力してくれたお兄ちゃんのためにも、あとは私ががんばる番だ。



「おじいちゃんが進めようとしていたお見合いの話は、なかったことになりました」



ポツリとつぶやくと、悠悟さんが顔から手を離して私を見る。

メガネ越しのその瞳をまっすぐに見据え、続けた。



「ありがとうございます。悠悟さんの、おかげです」

「……別に、俺のおかげではないだろ。あのときあんた、ちゃんと自分の意見言えてたし」



バツの悪そうな表情で視線を逸らされる。私は少しだけ彼へと近づいた。



「違います。だってあの日私ががんばれたのは、隣に悠悟さんがいてくれたおかげだったから」

「……そんなの、」

「また『気のせい』とか、『勘違い』って言いますか? どうして悠悟さんはそうやって……今もあのときも、私の気持ちを認めてくれないんですか?」



私が1歩踏み出すたびに、同じだけ悠悟さんが後ずさった。

あまり広いとも言えない室内だ。彼の足がベッドにぶつかって、それ以上は後退できなくなる。

私と悠悟さんの間にある距離は、1メートルほど。再び私を見つめた彼が、苦虫を噛み潰したような表情をした。
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