・キミ以外欲しくない
静かに車が停車し、ヘッドライトが消される。
副社長が駐車した周りには、同じように高級車が並んでいた。
「降りろ」とひとこと告げ、副社長は後部座席に乗せてあった私物と、私の荷物であるボストンバッグを手に取る。
行先も分からないまま、荷造りをした為。
無駄な物までバッグに詰めていたから、思った以上に重たいはずなのに。
副社長が軽々と手にしたことに驚いてしまう。
それ以上に、自分の。
私のような平社員の荷物を持ってもらうこと自体、失礼極まりないのだ。
慌てて助手席から飛び降り、運転席側に回り込む。
「すみません、自分で持ちます」
手を伸ばしバッグを受け取ろうとした私の手をかわし、副社長はバッグを肩に背負ってしまった。
「ついて来い」
前を歩く副社長の背中を追い、通用口をくぐる。
専用のエレベーターなのか、庫内には停まる階が上階しかない。
扉が閉まり、副社長が42階のボタンを押すと、ポワンと優しい光が点灯しエレベーターが動き出した。
42階に着き扉が開けば、そこは初めて見る光景が広がっていた。
正面には、大きな壺に生花がドーンと生けられていて、背後にはガラス張りの窓から見えている、街の夜景が広がっている。
フカフカの絨毯が敷かれている廊下に、少しだけ足が取られる感触は雲の上を歩いているみたい。