全ての記憶を《写真》に込めて
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ベッドで寝かしつけたら、すぐに眠ってしまった。
疲れていたのかもしれない。
「和久井くん」
「はい」
「御国さん、最近すごく楽しそうね」
写真も見てもらったわ、と医薬品を整頓しながら笑った。
「桐生と知り合いだったのね」
「…春馬ですか」
なんで貴美先生は知っているのか。
その答えはすぐに返ってきた。
「昔ね、あいつ、御国さんのことを暴行しようとしてたのよ」
「は?」
「私は御国さんの都合で小中高と一緒の学校で保健医をしているの だから、中学の時に一緒に働いた桐生のことはよく知っているわ」
だから、倒れた時とか。
俺と会う前なんてずっと保健室にいたらしいからねぇ。
春馬も、俺がモデルの頃から、俺を拾った頃から教師をしていたんだ。
「それで、どうだったんですか?」
「御国さん、元々母親の血筋の繋がりであまり脳の記憶する部分が良くなかったみたいなんだけど、そこに精神的ショックが重なって桐生のことを忘れてしまったみたいね」
「そう、ですか…」
忘れてしまった方が良かったかもしれない。
誰だって、辛い経験は忘れたいものだと思うから。
俺自身がそうだから、ねぇ。
「でもね、あの子悔やんでたわ」
こいつは違った。
「あの子にとって、辛い思い出も、楽しい思い出も全て変え難い経験だもの」
「全部覚えておきたかったって嘆いていた」
「忘れてしまって申し訳ないって泣いてた」
「きっと、優しすぎるのね」
そう言い、手を止め彩月に近づき髪をすくう。
「和久井くん、私は御国さんの病院の結果も見ているし、昔からの付き合いだから分かるわ」
_______________もう、永くないわよ。
「は…?」
それは、記憶なのか。
それとも、目が覚めなくなるのか。
「御国さんの母方のおじは御国さんと生前同じような事故で一部記憶が抜けることがあったのよ でも、一時期すごく調子がいい時があってね その直後らしいわ、何も覚えていなかったのは」
だから、覚悟はしておくことね。
そう言い残して、保健室を離れた。
「なに、それ…」
意味わかんないんだけど。
彩月とおじさんは違う。
そりゃあ、前よりも倒れる回数は減ったって、両親と話していたけどさぁ。
「あんたはまだ、やりたいことだってあるよねぇ」
俺はまだ、何も出来ていない。
ふと、頬に触れてみる。
もし、このまま目が覚めなかったら。
目が覚めたとしても俺のことを覚えていなかったら。
いろいろな不安が頭をよぎる。
「……ん、…晴くん、どうして泣いてるの?」
「え、」
目が覚めた彩月に指摘され気がついた。
「さっきちょっと嫌なことを思い出しちゃってねぇ もう平気だか、」
「大丈夫だよ、私がいるからね」
ふにゃり、と音が出そうなほど微笑む。
居心地のいい笑み。
儚い笑み。
「そうだねぇ」
「うん」
「約束、だからねぇ」
「うん」
小指を絡める。
指切りなんて何年ぶりだろうか。
子供以来かもしれない。
そして、そのまま、また彩月は眠った。