愛されたいのはお互い様で…。
伊住さんは、邪な気持ちが再発しないうちに帰りますと言って帰った。正直、助かった。これ以上、今、ごちゃごちゃしたくない。
まだ務から何か連絡して来るとでも言うのだろうか。メールとはいえ、私はさようならと言った。
務が信頼している会社の女性を、あたかも務の彼女のように言ってしまった私に、話す事と言ったら否定しかない。
その通りなら何も言って来ないはずだ。
眠れない夜を越えて早い朝がやって来た。天気は相変わらずいい。もう既に暑い…。
シャワーを浴び、のろのろと身支度を整え、ブランチを兼ねた朝食をとる事にした。簡単でもキッチンに立つ気もおきない。出掛けることにした。
そんなに遠くない場所にカフェがある。たまに行く店だ。
カツンカツンカツンと小気味よい音が後ろから近づいて来ていた。私が履かない高いヒールの音だ。アスファルトとケンカしてるみたいな音がする代物だ。
カフェが見えて来た辺りで声を掛けられた。
「真瀬紫さんですよね?」
フルネームで呼ばれた。はっきりと通る声だ。嫌な気がした。嫌な気しかしない。出来れば振り向きたくない…。仕方ない。
「はい」
後ろに居たのはシャープな顔立ちの若い女性だった。
「少し、お話出来ませんか?」
何故、私の名前を知っているのだろうか。軽い疑問だ。私の事は…名前まで話しているという事か。…はぁ。
「私の事、ご存知ですよね?初めましてではないから」
「はい」
そうですね。
「ここ、入るんですよね?では、ご一緒します」
何だろう…仕事?そう思わせる程、事務的に一方的に押してくる感じだ。何事にも強気。余程自分に自信があるのだろう。
ふぅ……面倒臭い…。さぞかし成績の良い営業なのだろう。
ドアを開け待っていた。私はあなたの仕事相手、顧客ではない。自分で開けて自分で入ればいい人間よ。
もう入るしかない。店の中からもトレイに水を乗せた従業員が頷いているのが見えていた。…はぁ。
「いらっしゃいませ、二名様ですね、こちらにどうぞ」