これを愛と呼ばぬなら
「彼女にそう言われて、自覚しました。確かに僕は、彼女のことを愛していると錯覚していたんです。そうなるように、自分を仕向けた。自分の意志ではない結婚を形だけの虚しいものにしたくなかったから。でも、彼女には全て見抜かれていたんです」

 一通り話すと、新井さんはコーヒーのカップを手に取った。私も、自分のカップに手を伸ばす。カップはすっかり冷たくなっていた。

「呆然としました。自分がひどく無機質で歪な存在に思えた。たぶん僕は、これまで誰かを心から愛したことがないんです。そして僕の勝手で、彼女を何年も恋愛の真似事につき合わせた上、酷く傷つけた。……彼女には、謝っても謝り切れない」

 新井さんは冷えたカップを両手で抱え、俯いてそう吐き出した。かつての恋人に対して、抱えきれないほどの自責の念を抱いている。

 この人は、これほどの大きな後悔を誰にも話さず、今まで一人で抱えてきたんだ。そう思うと、自然と手が伸びていた。

「元気出してください」

 落ちた肩に触れ、そう告げる。新井さんはパッと顔を上げて私を見た。男の人にこんなにも近づいているのに、不思議と恐怖心を感じなかった。

「潮月さん……」

 私を見つめる深い藍色の瞳が揺れる。……涙がこぼれるのかと思った。

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