これを愛と呼ばぬなら

 新井さんの運転する車が、私のマンションの前で静かに停止した。

 彼は相変わらず穏やかで、最近起きたことや知り合った人の話を面白おかしく話してくれて、会社から三十分の道のりがあっという間だった。

「ありがとうございました」

 軽く息を吐いて、シートベルトを外す。このまま別れてしまうのが名残惜しい。そう思うくらい楽しい時間だった。


「迷惑じゃないなら、部屋まで送るよ」

 車内灯の下、新井さんの心配そうな瞳とぶつかった。

 私の部屋はマンションの五階で、エレベーターを使う。もし知らない誰かと一緒になったら、またさっきのようにパニックにならないとも限らない。

「ありがとうございます。……助かります」

「わかった」

 きっと新井さんも同じように思っていたのだろう。私がお礼を言うと、新井さんはあからさまにホッとした顔をした。


 二人で車を降りて、エレベーターホールへと向かった。エレベーターを降りると、廊下の蛍光灯が緩やかなリズムで点滅していた。

「蛍光灯が切れそうだ。管理人に連絡した方がいい」

 僅かに顔をしかめ、新井さんが言う。

< 80 / 83 >

この作品をシェア

pagetop