職場恋愛
心なしかいつもより重たく感じるドアを開けて視線を前に向けると、そこにはいないはずの人物がいた。

また、腰が抜けちゃうよ。



「山ちゃん…」



待ってた。この数時間、ずっと待ってた。



「あぁ森ちゃんおはよ。ごめんねー。大変だったっしょ」


…あれ?なんか、拍子抜け。


硬いソファに腰掛けながら水のペットボトルをベコベコ凹ませる高木ちゃんと、その斜め前に立つ山ちゃんは、なんていうかいつも通りに見える。



だって、知ってるのに。

ここにいるってことはりんちゃんやゆーちゃんたちとの旅行を中断したってことでしょ?


どうして普通に見えるんだろう。



「頭痛薬ちょうだい」



いつもと変わらないトーンで高木ちゃんに頭痛薬を要求する姿もいつも通り。

無言で立ち上がってデスクの引き出しからいつもの頭痛薬を差し出す高木ちゃんもいつも通り。


なに?どういうことなの?



「その水飲まないならちょうだい」


高木ちゃんがベコベコ凹ませていたペットボトルをもちょうだいする厚かましさもいつも通りだ。


一体なにが起こっているんだろう?



「森ちゃんなんか用あったんじゃないの?いつもの『失礼しま〜す、森で〜す』って聞きたいんだけど」


薬を飲み終えた山ちゃんにそう言われても身動き一つ取れない。


だって、だってだよ?



どうして普通でいられるの?













事務所に入って数分経過したにも関わらず微動だにしない僕を見兼ねて山ちゃんが小さく溜息をついた。



だって。動けないよ。
いくら呑気な僕だって、動けなくなるよ…。




「なぁ。高木ちゃん」


山ちゃんは手に持っていたペットボトルをデスクに置いて静かに高木ちゃんの名前を呼んだ。
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