恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】

東屋さんは、田倉さんの言葉を否定しなかった。
だけど全然狼狽えている様子も見せず、私を立たせぽんと背中を叩く。


だから何か、策があるのかと思ったけれど。


「そうですね」



と、あっさりと田倉さんの言葉に頷いた。



「その通りです。俺は一企業のしがない一営業に過ぎませんので。

 もっと地位や権力にでも恵まれた人間だったらよかったんですが、出来ることと言えば虎の威を借ることくらいです」



自分には、太刀打ちできる力はないと潔いくらいに認めながらも、悔しそうにも迷いがあるようにも見えない。


ただにっこりと、変わらない営業スマイルは私から見ててもよくわからなくて、わかったのは笑ってるけどすごく怒ってるということだった。


「ははっ、そうだろうね。でも無駄だって、虎なんか居なかっただろ。実際に現場で仕事握ってんのは俺なんだからさ」

「そのようです。長年この業界に居て実績もある貴方に逆らえる人は少ないようで」

「長い物には巻かれろっていうだろ。どこの会社だってさ、似たようなことやってんだよ。このご時世、」

「だから俺は、もうこんな取引なくなったって構わないんですけどね」



ひょい、と肩を竦めて 放たれたその言葉に、私も田倉さんも一瞬言葉を失った。



「一花差し出してまで得るような契約なら、いらないんですよ。社での評価が下がろうが実績に響こうが、そんなもんはなんとでもなりますから」


< 107 / 310 >

この作品をシェア

pagetop