二人だけの秘密
僕は黒革のビジネスバックを掴み、チャックを恐る恐る開けた。ビジネスバックの中身は、メガネケース。新聞。それと、メンズの長財布。

「ゴクリ」

初めて父親の財布を間近で見て、僕の喉が波打つ。

僕の使っている安物の二つ折り財布とは比べ物にならないぐらい、高級感が溢れている。

「………」

僕は恐る恐る、父親の財布を開けた。

財布の中身は、カード類が数枚と恐らく十万円ぐらいは入っている、お札の量。

「美希さんに会う為には、最低でも一万五千円は必要だ。最低でも………」

僕の気持ちは、揺らいでいた。

『このおっさんの財布からお金を盗むだけで、また私と会えるんだよ。ためらうことなんか、どこにもないよ。散々、酷いこと言われたんでしょ。私とこの虐待寸前のおっさん、どっちが好きなの?また、栗原さんに日記書きたいよ』

ここでまた、美希さんの幻聴が聞こえた。さっきよりもさらにきつく聞こえ、まるで美希さんが僕の耳元で囁いているようだ。

「これで、美希さんと会えるんだ」

美希さんの幻聴に洗脳されたように、僕は父親の財布からお金を盗んだ。

何をしても表情を一切変えないお札が、僕の右手に三枚握られている。

ーーーーーー二万五千円ーーーーーー。

『これで、私と会えるね。秘密を守ってくれている栗原さん、大好き』

「………」

悪いことをしたという気持ちよりも、これでまた店で美希さんと会える気持ちの方が大きかった。
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