ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。
口元から手を離すと、周囲を警戒しながらすぐ近くにあった資料室に入った。

鍵をかけると、謙信くんは真っ直ぐ私を見つめてくる。

その表情は怒ってなどおらず、いつもの優しい彼。

「よかったよ、会えて」

「謙信くん……」

そう言うと彼はおもむろに手を伸ばし、そっと私の頬に触れた。謙信くんの手は思いの外冷たくて、一瞬目を閉じてしまう。

けれどすぐに開ければ、愛しそうに私を見つめる彼を視界が捕らえ胸が鳴る。

彼の手が私の頬を撫でるたびに。

「聞いたよ、昼休みのこと」

「えっ……昼休みのこと?」

いきなり言われても理解できず聞き返すと、謙信くんはクスリと笑みを零した。

「化粧室ですみれがケンカしたって話」

「ケンカって……えっ! 違うよ!?」

否定するも、彼は笑ったまま続けた。

「しかも俺の名前まで出して、相手を脅したんだって?」

片眉を上げ聞いてきた謙信くんに、脳裏に浮かぶのは先輩たちに言った自分の言葉。

あの時は悔しくて思わず言っちゃったけれど、聞いた人にはそう聞こえて当たり前だ。
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