ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。
「大丈夫、俺もいるんだから。それにこれはすみれのためでもあるんだ。……まずはこの場限りの人と話せるよう頑張ろう」

「謙信くん……」


そう、だよね。謙信くんの言う通りだよね。店員さんとはもしかしたらもう会わないかもしれないわけだし。まずはそういった人と普通に話せるようになるところから始めるべきなのかも。

「うん、ありがとう。……頑張ってみる」

これは自分のためでもあるんだ。決意を伝えると、彼は「その意気」と言いながら、頭をやさしく撫でる。それがくすぐったくてたまらない。

「お待たせいたしました。当店で取り扱っております食器類のカタログをお持ちいたしました」

店員が戻ってくると、頭に触れていた手が離れていき寂しいと感じてしまう。

……ん? 寂しい?? いやいや!! 店員さんが来たのに、いつまでも頭撫でられていたら恥ずかしいじゃない。

なのに寂しい、って感じるなんて――。

どれだけ私、謙信くんのこと好きなんだろう。……彼は私にやさしいけど、同じ気持ちではないのに。
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