ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。
「本当はすみれが二十歳になってから、ずっといっしょに来てみたいと思っていたんだ。……せっかくだから初めてデートした記念に夢を叶えようと思って」

サラリと“初めてデートした記念”なんて言ってのける謙信くんとは違い、慣れない単語に照れる。

そんな私の心情を知ってか謙信くんはそれ以上なにも言わず、ウエイターを呼び、カクテルとウイスキーを注文した。

「じいさんからすみれ、けっこう飲めるって聞いたけど、まずは甘いものからがいいだろ?」

「う、うん」

注文してもらえて助かった。どんなものがいいのかわからないし、なにより店員さんとはうまく話せないと思うから。


店内は薄暗く、ジャズピアノの音が静かに響いている。アンティーク調のオブジェなどが飾られていて、とてもシックな雰囲気だ。

「お待たせいたしました」

夜景や店内の様子を見ていると注文したものが運ばれてきた。謙信くんは手に持ち、乾杯しようと目で促す。

私もカクテルを手にすると、「乾杯」とグラスを当てた。

「か、乾杯」

一歩遅れて呟き、一口飲むと甘いけれど爽やかな香りが広がり思わず「美味しい」と声に出してしまった。
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