ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。
頭の中でシミュレーションしていたというのに、部長を前にしたら頭の中は真っ白になる。

それでもなんとか手にしていた珈琲と、ミルクや砂糖をそっと部長のデスクに置いた。

すると部長は目を丸くさせた後、目尻に刻まれた皺をさらに深くさせ微笑んだ。

「ありがとう、桐ケ谷さん。ちょうど珈琲が飲みたいと思っていたんだ」

「い、いいえそんな! よ、よかったです……!」

どもりながらも言うと、部長はますます皺を刻んだ。

「本当にありがとう」

再び感謝の言葉を言われ、照れくさくて顔が熱くなる。

喜んでもらえて私の方こそ嬉しい。勇気を出してよかった。

「失礼します」と小さく頭を下げ自分のデスクに戻り、喜びを噛みしめながら珈琲を啜る。

いつもと同じ珈琲のはずなのに、気分の問題だと思うけど美味しく感じる私は単純な人間なのかもしれない。

「仕事には慣れたかい?」

「――え? あ……は、はい!」

まさか部長に話しかけられるとは思わず、一瞬フリーズしてしまうもすぐに答えた。
< 80 / 251 >

この作品をシェア

pagetop