クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「足は速いです。リレーの手ほどきをしてあげていただけますか」

「そりゃ心強い! 任せてください」


「おい」とこちらを睨む有馬さんを群れに放り込んで、私はパトロールに戻った。

ちらっと背後を確認すると、さすが有馬さんもちゃんと社会で生きている人なだけあって、それなりに振る舞っている、ように見える。

ごめんなさい、有馬さん。

でも今日くらいは、思いきり身体を動かして、健康的に過ごしてください。

なんて。

…私、怖いのかもしれません。

あなたが、ひとりで抱え込んで、深く悩んでいる姿を見るのが。

あの思い詰めた、孤独な表情を見るのが。

走って今だけ忘れちゃってください、というつもりなのも、本当なんですけど。

こんなふうにしか関われなくて、ごめんなさい。




「行け、有馬さん! 行けー!」


富永さんの声に負けず、私も声援を送った。


「有馬さん!」


一瞬、彼がこちらを見た気がしたんだけど、どうだろう。有馬さんは、園児用の小さなトラックの、きついカーブのかかったコーナーを器用に曲がり、遠心力でふくらんだふたりを鮮やかに抜き去った。

保育園の運動会は、一〜二歳は泣かずに立っていられればたいしたもの、三〜四歳はとりあえず本人が楽しめればよし、五〜六歳でようやくスポーツらしさが出てくる、という感じなので、大人の本気の争いが繰り広げられる保護者リレーは、毎年一番盛り上がる。

トラックの中も外も声援の嵐だ。ご想像通り、運動のほうはさっぱりな私は、アンカーのたすきをかけながら、転ばないようにしよう、とレベルの低い目標を掲げた。


「1位だ!」


誰かが叫んだ。

有馬さんがトップで、次の人にバトンを渡したところだった。勢いもそのままに、転げるようにトラックの中に戻ってくる。


「すごいすごい、有馬さん、私たちもしかしたら優勝できるかも!」


しかし彼は私の興奮にはまったく興味を示さず、ぜえぜえと肩を上下させながら、「文化系に無理させんなよ…」とぼやきまじりの恨めしげな一瞥をこちらに投げ、列の最後尾に並んだ。
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