阿倍黎次は目立たない。(12/10更新)
#3 坊良朔史は呪わしい。
佐賀の本はたちまち大きな話題を呼び、日野や琵琶さんは対応に追われていた。俺も俺で、実名こそ書かれなかったが「日野の傍にいた男子生徒」として追いかけ回された。

そして……ある日、日野はついに芸能界から身を引いた。金野の会社に損害を与えたことに対する責任を取って、という理由が報道された。だが実際はそんな理由ではない。それはわざわざ日野に尋ねなくても分かることだった。

「瓜古」

日野が仕事を辞めた直後、昼休みの中庭で俺は瓜古に声をかけた。

「ん?」
「日野のこと、というかあの本のことなんだが……あれ、佐賀の一存でやったこととは思えないんだ」
「何で?」
「いや、佐賀が単独で金野の味方をしたんだとしたら、割に合わない気がしたんだ。金野につくよりも日野についた方が、佐賀の小説家っていう身分から考えてみれば有利なはず。そう思わないか?」
「確かに、小説家として売れることを考えるなら、歌澄の側についてメディア露出を増やすのを狙った方がいいからね……」
「瓜古。佐賀のことを見張ってた時、誰かと接触してたりしなかったか?」
「接触……」

瓜古はしばらく腕を組んだ後、首を横に振った。

「怪しい動きは、やっぱりなかったと思う」
「そうか。……先生に質問があるから、また」

職員室に向かおうとしたが、瓜古が呼び止めた。

「頼みがあるんだ」
「どうした?」
「……歌澄のこと、頼んでもいい? 同業者で旧友だけど、僕は何もしてあげられなかったから」

俺だって、別に何かをしたわけじゃない。何もしていないから、日野は今こんなことになっているんだ。思っても言葉に出せるわけはなく、俺は何も言わずに職員室に足を運んだ。
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