唯少女論
あの頃の私には何もなかった。



走ることは好きだ。



けれど、ただ風を感じて自分の力で走っていけるのが好きなだけで、順位やタイムに興味がなかった。



「それってほんとうに好きなことなの?」



突然の言葉でアタシは驚いた。



「担任の私が言うのも何だけど、最中さんってどこか浮世離れしているよね」



「ウキヨバナレって何ですか?」



「世間の常識からかけ離れていると言うか、世間のことには無関心と言うか」



「無関心………」



「それは言い方が悪いかな。流されない、それがしっくりくるかも。浮世の流れに流されない」



「はあ」



「まあ、とにかく。高等部に進学するにしても、それ以外を選ぶにしても、ちゃんとご家族と話し合うようにね」



放課後の誰もいない教室で向かい合って座る先生はアタシに進路希望の紙を渡した。



「先生。そういえば、何でアタシと桜木さんを卒アル係りに選んだんですか?」



「何かと思えばそんなこと?」



書類をまとめて先生は立ち上がった。



「二人が私のお気に入りだから、かな」



笑顔でそう言った先生は、ほんとうに思っていることを話そうとしない。



そんなふうにアタシは感じていた。
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