会長代行、貴方の心を全部わたしにください
沢山江梨子の小説からは、過去の恋愛経験を踏まえての願望を感じる。

そこが彼女の小説の魅力で、女流作家として人気を博しているのだろう。

詩乃も彼女のファンなのだろう、部屋の本立てに彼女の本が数冊ある。

姉と弟の許されない恋を描いた作品は、特に繰り返し読んだのだろうと思われ、他の作品に比べると表紙もページも色褪せている。

ショーの仕切り直しだと言っていたが、交渉は上手くいっただろか?

職場へ戻る時の詩乃の苦々しい様子を思い出し、メールを送ろうとスマホを開いたところに、玄関のドアが開く音がした。

「フウ~」と長く溜め息が聞こえた後「ただいま」と呟いた声には、倦怠感が(あらわ)だった。

俺は自室を出て、ダイニングへ向かう。

「詩乃、お帰り。鍋、温めようか? 風呂も沸かしてある」

「ありがとう。自分でやるから、貴方は休んでいていいわよ」

「詩乃、今日は大変だっただろ?」
< 57 / 115 >

この作品をシェア

pagetop