ねぇ、顔を見せてよ
そんな君が大好きです side 巧
オレはすこぶる機嫌が悪い

「巧くん…あのね?今度の金曜日の夜
紗由理さんのおうちにお泊まりしてくるね?」

なんて紅子が帰りの電車で言い出したからだ
金曜日の夜から日曜日の夜まで…

(いや、なんなら月曜日の朝までだな)

可愛い紅子を抱き締めて過ごすのがオレの楽しみなのに
それを奪われるかと思うと機嫌も悪くなるというものだ

(でもなぁ束縛しまくるのも…)

綺麗なブルーグレーの大きな瞳がうるうるとして可愛い紅子の頼みだし…

相手が御世話になった人だし…

(…あのパンやさんだもんな)

「土曜日のお昼には帰ってくるから…
紗由理さんはお仕事だし…ね?」

オレが黙っているから怒っていると思っているのか
紅子は探るようにプルプル震えながらこちらを見る

(相変わらずハムスターみてぇ…)

「わかった…昼間迎えに行くよ、パン屋さんには
この間のお礼をしっかりしてきてね」

「はい!」

姉を彼女と間違えて可愛い恋人の紅子が
家出?をしたのは先月の話…

例え血が繋がっていなくても
あんな横暴な奴をオレが彼女にするわけない!

紅子は自分の魅力に全く気づいていないから頭が痛い

『暗幕ちゃん』だった頃は誰も声をかけなかったかもしれないが…暗幕をなくした今の紅子は
社内でも一、二を争う美人なわけで

(オレがどんだけ男共を牽制してると思ってんの!)

白い肌に綺麗な鼻梁、ブルーグレーの大きな瞳に艶やかな黒髪…小さくて線が細いから可憐さが際立つ美貌
仕事も速くて正確、真面目だし
性格は穏やかでお人好しで天然

『伏見にはもったいない』

そう言われてることに本人は全く気づいていない

(そこがまたいいんだけどさ…)

そしてその家出先で出会ったのがパン屋さん
ベーカリー『Baum』の嵯峨紗由理さんなのはオレも知っている

あの日、紅子を部屋に残して出てきた嵯峨さんは

「こんばんは、伏見くん…なぜここが分かったのかは
予想がつくから聞かないけど…」

なんてオレのスマートフォンを指差して
クスクス笑っていた

しかも…

「穢したくないのも分からなくはないけど
あんまり我慢してると彼女痺れを切らしちゃうぞ?」

なんてヒントをくれたから紅子と仲良くなれたわけで

(恩人…だよな)

分かってはいるだけど
紅子が居ない金曜日の夜は…寂しくて仕方なかった








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