お兄ちゃん、所により彼
武見家事情2 武見大輔
いつもゲームは2時間と厳しく決められていた。しかしこの日は違った。
「今日はずっと好きなだけゲームしてていいよ。」
俺と弟は大喜びして二階にあがり、文字通り好きなだけゲームをして遊んだ。
3時間ぐらい経った頃だろうか、弟と下に降りると目を赤く腫らした母が俺たちを見るなり席を立とうとした。
「お前どこ行くんや!」
父の怒声が飛んだ。
母方の祖父母と父方の祖父母は横でお茶をすすって少し他愛もない話をしているようだった。
小学校二年生の俺には何があったのかはあまりわかっていなかった。

3日後ぐらいに、母は俺と弟にサヨナラを伝えた。当時幼稚園の弟は死ぬほど泣いていたが、俺は何かを失ったように呆然としていたらしい。幼い心ながらよく耳にしていた「リコン」というのはこういうものなんだなとなんとなく思っていた。
母は俺を抱きしめながら言った。
「大輔が20歳になる日にディズニーランドの前で会おうね。」
俺はその約束をずっと覚えていて、本当に20歳の誕生日に一日中ディズニーランドの前で顔も覚えていない母を待ち続けた。しかし、母らしい人は現れなかった。

地元の進学校に進んだが、父に「20歳になったら家を出ること。」という家訓を押し付けられ、大学どころか専門学校に行きたければ働きながら行け、出す金はないと言われた。

その頃ちょうど、父は再婚を考えているとのことだった。
かつ、母が去ってから祖父母と暮らすようになっていたのだが、祖父母がサイコパスで、孫である弟と俺をいじめるように変貌していた。祖父母の身寄りがいればまだ守ってもらえたのかもしれないが、祖父も祖母も天涯孤独なようで、父も一人っ子でありどうしようもなかった。そこに嫌気がさし、俺は高校を出て自然と進学せず20歳まではバイトをして過ごし東京に出た。
中学の時に週刊少年ステップの英才社に漫画を持ち込み、担当編集もついていたのでなんとなくそのまま漫画家を目指した。


父は再婚した。義理の母に当たる人は感じのいい気さくな人で血の繋がりのない俺たち兄弟を思いやってくれるいい人であったが、唯一難点なのが日本の政治にも幅を利かせている宗教団体の信者でかつ重役であった。無宗教を貫いていた父ももちろん入信し、日が経つにつれ息子たちも入信させようとしていたが、弟は父を泣かせるぐらいにキレて、俺は何も考えていないのでいつの間にか集会に連れていかれてもぼーっとし、逆に入信の手が及ばなかった。すきあらば入信させようとする事は度々あったが、何も考えなさ過ぎてそのことにさえ気づかなかった。

バイトと駆け出しのアシスタントで食べていくのは辛かった。しかし、日に日に上達したのか、担当編集はずっとつけてもらっていて、連載会議に自分の漫画を出せるようになっていき、大物作家のアシスタントになるようになっていた。
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