ひざまずいて、愛を乞え~御曹司の一途な愛執~
誰も八年も前の、政治家の不祥事など覚えていない。そしてその家族がどうなったのかも。東京は怖くない。葵はそう思いながら、自分を奮い立たせた。
そして高校進学にあたって、陸上を辞めた弟のナツメも、姉とふたりで暮すと言い出し、上京。結局両親は折れ、今の生活がある。
「っ……」
葵は息を飲み、口元を押さえる。
思いだすだけで、吐き気がする。
どうしてここでHFの名前を聞くことになったのか、今、自分がどこにいるのか、一瞬、わからなくなった。
(もう私は高校生じゃない……! あの頃の私じゃない……!)
徹底的に避けていたHFが、弟の仕事にかかわることになろうとは、思わなかった。
ナツメは姉の過去を何も知らない。婚約破棄された当初、ナツメは八歳で子供だった。
葵が日々泣いていたことも、ましてやその理由が婚約破棄などと、幼いナツメが知る由もない。
知っていれば、仕事を受けたはずがないのだ。
(どうしよう……目眩がする)
だがここで倒れて、ナツメの仕事を邪魔するわけにはいかない。
(落ち着いて……落ち着いて。大丈夫よ。ここにあの人が来るわけない)
今、彼がなにをしているのかは知らないが、そうとでも思わなければ自分を見失いそうだった。