ひざまずいて、愛を乞え~御曹司の一途な愛執~

 けれど家族の仲は良く、葵もナツメも可愛がられて育ち、祖父の決めた許嫁――HFの御曹司である天野蒼佑のことも、素直に『いつか彼と結婚するのだ』と、思っていたのだ――。
 そう、なにもかも、失うまでは。

 葵が卒業を控えた十八歳の冬。

 突如、祖父の収賄容疑が持ちあがり、世論は祖父を糾弾し、椎名の家はめちゃくちゃになった。結局不起訴処分となったが、すべては元通りとならず、祖父は政治家を引退。

 葵と蒼佑の婚約も、白紙になった。

 蒼佑は当時二十三歳だ。彼は五つ年上だった。HFですでに働いていており、葵からしたら、うんと大人だった。
 身内が決めた許嫁とはいえ、関係は良好で、間違いなく自分たちは好き合っているのだと、葵は思っていたし、信じていた。

 そして同時に、葵は十代の子供だったが、大人の事情も理解できる一面があった。

 確かに自分の名前にはもう価値がなくなったかもしれないが、それでも、蒼佑との間には、恋があったのだと、信じて、すがりたくて、もしかしたら『俺も別れたくない』と言ってくれることを期待した。

 それがだめでも、せめて、葵は、彼の口から、彼の言葉で別れを聞きたかったのだ。

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