天使の傷跡

仮の恋人という関係になって初めて訪れた時は、ただひたすらに緊張して自分が何をして帰ったかもよく覚えていない。
ただ課長が仕事とは別人のように甘く接してきたということ以外は。

その次の週、幾分落ち着いて彼と会話することができるようになった私に、課長はこの家の案内をしてくれた。
そこは昔懐かしい縁側のある家。

趣のある立派な二階建てのお宅は、課長一人で住むには広すぎるほどに立派なものだった。
お祖母様が住んでいたという家には年季の入った家具が数多く置かれていたけど、よく見ればその一つ一つがとても高品質で大事に使われているのがわかる。

前回来たときに抱いた課長が育ちのいい人なのでは…という疑問は、見れば見るほど確信めいたものへと変わっていく。
もちろんそれを口にしたりはしないけれど。

そんな立派な家ではあるけれど、普段課長が使っているのはこの書斎と寝室くらいのものなのだそうだ。
だから部屋ならいくらでも余ってるからいつでもここに引っ越してきていいんだぞという言葉は、盛大にスルーしておいた。

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