天使の傷跡
「じゃあそろそろ送っていくよ」
徐々に空が朱に染まり始めた頃、一度部屋を出た課長が車のキーを片手に戻って来た。
「え? いえ、大丈夫ですよ。自分で帰りますから」
「ダメだ。お前この前もそう言って歩いて帰っただろ」
「歩いてって…別に駅までだけですし、何の問題もないですよ」
「いいから、送る」
「あっ!!」
言うなりソファーの横に置いてあった私の鞄が課長の手に奪われた。
「か、課長! 返してください!」
「優花が素直にイエスって言えばすぐに返してやる」
「ひ、卑怯ですよ!!」
「言っただろ? 好きな女を振り向かせるためなら卑怯にだってなるって」
そんなの完全な開き直りじゃないか…!
必死に手を伸ばして取り返そうと奮闘するものの、足の長さが違えば手の長さも違う。悲しいほど空を切るばかりで掠りもしやしない。
「ほんとに、かちょ…わぁっ?!!」
つま先立ちをした瞬間グラッと体が傾く。
あっと思った時にはもう目の前の胸板に激突していて、その勢いのまま課長の体ごと倒れ込んでしまった。