俺はお前がいいんだよ
株式会社フェンスは、Webセキュリティ診断や対策がメインの、三十一歳の若き社長・深山貴誠(みやま きせい)を筆頭に平均年齢三十歳というフレッシュな会社だ。
高層ビルの十五階にあるけれど、ワンフロア全部ではない。一区画の間借りだ。
エレベーターを下りて、右へとまがると休憩スペースの脇に、受付がある。書類棚を間仕切りとして、その奥にデスクスペースがあるのだけど、棚がそんなに大きくないので、受付から奥までは一直線に見渡すことができる。
更に右奥に社長室と会議室、大型のコンピュータが格納されているコンピュータスペースがあるけれど、全フロアの三分の一程度の広さだ。
私は引き出しから鍵を取り、鍵付きの書類棚から昨日残業して作成したとある企業の情報をまとめたものをだして、受付のごく近くにある桶川さんの机に置いた。
桶川さんは一応サイバーセキュリティ部の部長という肩書を持っているけど、実際は名ばかりで、課長の熊谷(くまがい)さんが、人の管理や事務的なことを仕切っている。しかしハッキングの能力には定評があり、その筋の人に名前を言えば、みんな青ざめるほどの人なのだそうだ。
ハッキング能力を健全な方向に使用する人間をホワイトハッカーと呼ぶらしく、彼はそれだ。
桶川さんは転職組なのだけれど、あまりに前評判がすごい彼がすぐに会社になじめるようにと、社長が冗談で「ホワイトハッカー桶川」なんてネームプレートを作ったこともあるらしい。
そんな偉い人なら奥に一室でももらえばいいのにと思うけれど、なぜか現在の桶川さんの席は、平社員中の平社員が座りそうな受付に一番近い席だ。
桶川さん曰く、会社の席は定期的に入れ替えていて、たまたまサイバーセキュリティ部が受付近くの順番だったのだそう。
『学校の席替えみたいなことするなんて変な会社ですね』と言ったら小突かれたので、それ以上余計なことを言うのはやめた。