俺はお前がいいんだよ
かくいう私も転職組。しかもつい最近転職してきたばかりだ。
会社の情報も実はあまりよく知らない。
社長自らが教えてくれたところによると、会社設立当初はあまり順調ではなかったのだそう。
なぜならば、セキュリティ対策というのは商品を作り出すという生産性にはかからわない、保守のためのものだから。高度成長期を駆け抜けてきた昭和全盛期の経営者たちに、その重要性を認知してもらえるのには凄く時間がかかったのだという。
しかし昨今、情報漏洩による被害が多発し、Webセキュリティの重要性の認知度が上がるにつれて、わが社の業績はうなぎ上り。上場もし、技術力に定評のある桶川さんを部長待遇で迎え、更なる飛躍を目指して頑張っているところらしい。
猫の手も借りたいほどの忙しさの中、私こと高井戸千晶(ちあき)はひょんなことからこの会社の受付兼事務職員となった。
Webセキュリティに関する知識は残念ながらそれほどない。一般のPC使用者が持っている程度の知識のみだ。
それでもまあ、雇ってもらえたのだからよしとしよう。
エレベーターの到着した音が聞こえたので、慌てて桶川さんの机から離れ、受付スペースですました顔を作る。
「よう、おはよ」
「……おはようございます」
桶川さんは釣り目気味の三白眼で私を見つめる。前髪が長いから正面から相対すれば目など合わないはずなのに、見下げられているから目が合ってしまう。
大体桶川さんは背が高すぎる。百九十センチを超えられると会話するにも遠すぎるのだ。高みからの高圧的な視線に、私は内心、社会人がこんな態度でいいのか、と思っている。
でも、いいのだ。許されてしまう。だって彼はイケメンなんだもの。
私はそもそも面食いなのだ。
横柄な態度もイケメンがしていると思えば許してしまうし、管理職についていながら、人をからかうことと顎で使うことだけに長けているようなホワイトハッカーの無謀な注文にも、イケメンの頼みと思えば全力で応えたくなってしまう。