俺はお前がいいんだよ

そう。私が自らを“豆狸”と呼ぶのにはきっかけがある。

それははるか昔、小学校の時だ。
校外学習で地元の動物園に行ったとき、レッサーパンダの赤ちゃんの一般公開が始まったばかりで、みんなその子に夢中だった。
丸顔で丸い瞳。三角の耳に長い尻尾。まさに生きたぬいぐるみ。
それを見て、やっぱり当時もチビだった私にクラスでもちょっと人気のある原くんが言った。


「なんか、高井戸に似てるよなー」


ひそかに憧れていた原くんからの褒め言葉に、私は気をよくして照れまくった。
しかし、そこでクラスのいじめっ子・鳩中くんが登場。


「何言ってんだよ。高井戸はもっと浅黒いじゃん。タヌキだろ、豆狸だよ!」


たしかに、当時お兄ちゃんのサッカーチームに混じって走り回る私は日焼けで真っ黒だった。
否定するには、言ってることが間違ってもないなぁって思っちゃったんだよね。


「あはは、あ―そうだね」

「お、認めたな。豆狸! お前は豆狸だ!」


その後しばらく私のあだ名が“豆狸”になった。
でもその時は、私もみんな豆狸の本当の意味には気づいていなかったのだ。
同級生の女の子たちも「でも、豆柴みたいで可愛いよね」なんて言っていたわけだし。

それが、中学に上がってから知った。“豆狸”とは妖怪の一種だということに。主に西日本で伝わっているものらしいけれど、酒と悪戯が好きな妖怪らしい。

ちょっとしたショックだよね。
だってさ、小さくて可愛い子狸扱いされてたと思ったら、とんだ妖怪扱いだったわけじゃん。
浮かれてた分だけ恥ずかしさは増すじゃん。

それから自戒を込めて自らを“豆狸”と呼ぶことにしている。
可愛いよねって言葉は、“チビだよな”を言い換えたものに過ぎない。
褒められても調子に乗るな。たしかなものは、自分が身に着けたスキルだけ。

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