俺はお前がいいんだよ
「俺、そろそろ帰るわ」
「えー、もっといいじゃない」
「そろそろ、本命口説きに行こうかと思ってね。悪いね、ここは奢るよ」
「やったー。ありがとうおにーさん。本命さんによろしくねー」
女の子ふたりは楽しそうに冷やかしている。
とりあえず、ここまでの伝票をきってもらって支払い、「後はごゆっくり」と告げて店を出た。
電車はもうないのでタクシーでマンションに向かう。
眠りの早い高井戸は寝ている頃だろう。きっと話が出来るのは朝だな。
アイツ、怒るかな。呆れるかもしれないな。
啖呵切ったくせにあっさり帰って来たんですね、なんて言われるかもしれない。
まあいいか。甘んじて受けてやる。
しかし、部屋の電気は予想外についていた。俺はこっそりと鍵を開けてみたが、中からの反応はなかった。
まず出迎えるのが高井戸のぱんぱんに詰まったカバン。
ふざけんなよ、出ていく気満タンじゃねぇか、あの女。
イライラしながら奥に向かうと、高井戸がソファに丸まって寝ていた。
「……はっ、またここで寝やがって。寝るならベッドに行けって言ってんのに」
しかし顔を覗きこんで、思わず息をのんでしまった。
目には涙の痕がある。眉が下がった情けない顔はまるで小動物だ。
「……泣くくらいなら、あんなこと言うなよな」
俺は床に腰かけ、寝息を立てる彼女をじっと見つめた。
この部屋に最初に連れてきた日。
ソファで同じように丸くなっていた高井戸は、夢でうなされていたようだった。
『……や、こわい、や』
それは、普段飄々とした態度の彼女からは想像もつかないほどの怯えた姿だった。
今にも泣き出しそうに顔をゆがめて、苦しそうに寝返りを打つ。ソファから落ちそうになった彼女を抱きしめて、改めて昼間のストーカー男を思い出した。