恋の人、愛の人。
もう、何なのよ、本当に…いつの間にしたのよ…。はぁ。ソファーとは言え、泊めてしまった…まったくの無防備だった私が悪いか…。


「はぁ…おはよ…今日、早いわね」

「あ、おはようございます、武下さん。ちょっと昨日のやり残しがあって…。
どうかしました?朝から溜め息…。あ、そうだ。部長がお呼びですよ?」

「……え?課長じゃなくて、部長?」

課長を指差してしまった。
俺じゃ無い、って手を横にぶんぶん振っている。部長が私のような者に、…何だろう?

「はい、部長です」

「今の事?」

「はい、今さっき内線で。武下君は居るかなって。…はぁ。おはようって、今日も落ち着いたいい声でした」

…何だろう。さっき会ったばっかりなのに。

「…あ、そうよね、本当いい声よね。私も、いつものように挨拶したけど…。
解った、有り難う。ちょっと行って来るね」

「はい」

課長にも部長のところに行く事を告げた。
はぁ、部長が直々に何だろう…。もう…、苛々したまま行ってはいけない。部長にはこの苛々は全く関係ない事だ。


…ふぅ。
コンコンコン。部長室をノックした。

「はい」

…いい声だ…あ、名乗らなきゃ。

「あの、武下です」

「ん、入りたまえ」

あ…。何だろう…この感じ。ドア越しではあるのだけれど部長の声を聞くと小さくドキッとしてしまう。それは朝の挨拶の時は勿論で、内線を取った時も、いつも心臓が高鳴ってしまう。素敵だから…、かな。きっとそうに違いない…あ、いけない。入らなくちゃ。

「し、失礼します」

ゆっくりとドアを開けると正面のデスクに座る部長が居た。

デスクに近寄った。
…近くで見ると、よりダンディーで素敵だ。だからだ。だから、無意識にドキドキしてしまうんだ。緊張もあるからだ。

「うちは社内恋愛は禁止ではない」

「え?…は、い…?」

え?いきなり…社内恋愛って。一体何を言われるんだろ…。
椅子から立ち上がった部長はデスクの前に来た。

「プライベートをどうこう言うつもりはない。ただ、禁止ではないが、こういった物の始末はもう少しきちんとするように」

え?
部長は何やら丸まった物をポケットから取り出すと、デスクに置き、シワを丁寧に伸ばし始めた。

「あっ!」

これは…間違いない。棄てたはずの黒埼君とのキス写真…。どうして部長がこれを…。

「丸めてごみ箱に入れたとしてもだ、これはどうかと思う。誰かの目に触れないとも限らない。自分の為だ。捨てる物なら、こういった類の物はシュレッダーくらいかけたらどうかな。それがベストだと思うのだが」

…はぁ、はい…おっしゃる通りです…。この様に拾われてしまうのならです…。はぁ、最悪だわ…。それに、これは…黒埼君との事を誤解されてしまう。

「これ、違」

ビリッ。

「あ゙っ」

今度は部長の声だ。しまった…みたいなそんな声だ。
綺麗に伸ばしていたら、シワだらけで弱くなっていた真ん中辺りで見事に破けてしまった。

「あ、破れたのは別に、捨てた物ですから。あのこれは、私が改めてきちんとシュレッダーに…」

こんな物…早く取り返してしまいたい。

コンコンコン。

え゙っ?誰か来る予定だったのかしら。では、早く退散しないと。慌てて写真に手を伸ばした。

「貴仁さん」

えっ…、部長の返事も待たずにいきなり入って来るなんて、誰、この女性…。
ずかずかとこちらに近づいて来た。と言うよりも、私に向かって来てるような…。
何、ですか?

「和歌子、どうしたんだ」

わ、わかこ?…誰?…。クラブのママ?そんな訳ないか…着物着て無いし、色っぽい香水の香りもしてない。…偏見かな。
貴仁さんて、下の名前呼びだし…誰?
破けた写真に丁度手が触れていたところだった。

「貴女ね…」

はい?

「この…泥棒猫っ!」

パンッ。痛!…ぁ、えー?はい?

朝からエアコンの効いた渇いた部屋に、とても良くそれは響いた。
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