恋の人、愛の人。


普通に自分が暮らす時の分として、特に頭を悩ます事もなく、今日の買い物は済ませた。
いつもストックしておく物、主に野菜、お肉などだ。明日のきのこや豚肉などは明日にしようと思った。新米も量の少ない物を買おうか。…重くなっちゃうな。でも、今日買っておいた方が無難だ。案外忘れそうだし。

部屋に帰り冷蔵庫に買って来た物をしまった。…本当に、見事に水しか入ってなかった。よく生きてるわね。本当、適当に食べてるのね。お腹が空いたらいつでも食べられる環境だけどね。
黒埼君はまだ帰っていない。帰っていない時間だから来たのだ。
さて、退散しますか、は何だか可笑しいけど、陽佑さんのバーの裏の部屋に戻る事にした。
もたもたしていては鉢合わせてしまう。会社では普通に振るまえても、この部屋だとなんだか気まずくなるから極力避けたい…。


「陽佑さん、何か、作ってください」

「ん?俺のまかない料理?」

「そういう訳ではないですが…はい、何か」

「リクエストは?は聞かないぞ?材料に限りがある。それに堅いことを言えば、今は、基本、バーの時間だからな。…そうだな、大きな叉焼をごろごろ入れた炒飯でどうだ?」

「はい!お願いします。あとは何か、カクテルを」

「ハハハ、よし、了解」

買い物はしても自分の食べることは別なんて、私もその場しのぎみたいなところはある。人のことは言えない。

「出来上がりを想像しちゃって、もう美味しそう」

「ハハハ、涎が出てるぞ?」

「…嘘」

口元に手をやった。

「嘘」

…もう…これでも女なんですからね…。先にカクテルを作ってくれた。

「ほい。今日はちゃんとウォッカの入ったモスコミュールだ」

すっとコースターを出し置かれた。
カウンターの中を移動して、少し奥まったところで葱を刻む音が始まった。うわー、手に匂いがついてしまうから申し訳ないな…。それ用に洗剤ってあるのかな。…あ、透明の手袋をしてるんだ、なるほどね。

…スーッ。少しだけど香ばしい香りがしてきた。ゴマ油を使っているみたいだ。足元で空調の音がしていた。
卵を炒めて取り除き、ご飯、叉焼を押し付けるように焼き炒め、調味料を入れている。玉子、葱が入れられた。少し醤油を垂らしたみたい。はぁ、香ばしい…美味しそうな香り…。
…もう出来た。

「はい、…どうぞ。有り得ないくらい旨いぞ?俺ちょっと、上、着替えて来るから」

手袋を外した。…あー、やっぱり色んな匂いがついてしまったのね。大体バーの時間に、こういった物を作らせてしまったなんて、…それが申し訳ない。…手のかかる客だ。


「ふぅ…」

袖を捲くりながら、もう戻ってきた。白いシャツに背中は光沢のある黒いベスト。改めて見てもよく似合っていた。
陽佑さんは格好いい。なんていうか…。
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