恋の人、愛の人。

黒埼君が外回りから帰って来た。私は不自然にならないように仕事を終わらせ片付けを始めた。
デスク周りも片付けパソコンをシャットダウンした。お先に失礼しますと声を掛け、フロアを出た。黒埼君は会社を出るまでまだ時間がかかるだろう。
着替えに行って、先に簡単なメールをした。

【着替えが終わったら先に会社を出ます。うちの近くのスーパーに行ってます。探してください。武下】

これでいい。うちの近くのスーパーは迷いようがないから場所は解るだろう。黒埼君は望んでいたけど、会社から一緒にっていうよりこの方がいいだろう。噂は直ぐたってしまうもの。


さてと…、えのきにしめじに、椎茸。生姜焼き用のお肉。これは絶対買い忘れてはいけない物だから。かごを片手にブツブツ言いながら物色した。
生姜焼きなら、白いご飯の方が絶対よさそうだけどな…。鮭も美味しそうだけど。あまり色んな物を作っても纏まりがなくなるか…。
キノコついでにマイタケの天ぷらもしちゃうかな。

「あ、梨薫さん、はぁ、居た~…」

棚の列を覗きながら探していたのだろう、見掛けて走り寄って来た。

「早かったわね」

一日の疲れも顔に出てなくて…爽やかだこと…。

「いや、マックスで終わらせるでしょ。会社に居る時間、勿体ないですからね。それより…」

昔の、それこそ仕事一筋の人が聞いたら、叱られそうな言葉ね。

「ねえ黒埼君…、生姜焼きだと白いご飯が良くない?」

「え?せっかく一緒に帰ろうと思ったのに、置いてかれて…。ああ、えっと、いいですよね、ベストは白飯です。でもそうしたら、炊き込みご飯は食べられなくなるから」

「え、わざと?」

「はい。そうしないと色々と食べられないから」

黒埼君…。

「梨薫さんのご飯が食べられるのは今の…、事実上では、今夜だけですから。そうでしょ?」

「そうね」

このままなら、特別な日はもうない、普通にご飯だってないよね。

「だから、好きな物を色々と思ったから炊き込みご飯の方を選択したんです」

「そうかぁ…、他に何が食べ…何がいい?」

「あ~今の言い直し、警戒しました?別に言い直さなくても、そう聞かれたら梨薫さんって答える事に変わりはないんですからね?食べたいモノの一番は梨薫さんなんですから」

「…もう、こんなところでも言わないで…。何か、甘いものは?ねえ、黒埼君て誕生日はいつなの?近くないの?」

「…あ…残念ながら…。こればっかりは嘘をついても仕方ないですから。…そうやって直ぐはぐらかすんだから」

「え?なに?そうか…このエクレアとティラミス買って帰ったら食べる?」

「…食べますよ。あ、エクレア、太いのにしてください」

フフ。

「じゃあ買いって事で。あ、ねえ、アルコールは?ビールとか、あー、今時の子はカクテルとかチューハイ?どれか買って帰ろうか。…色々種類も豊富だから、好きなの適当に買おう?
重くなったら持ってくれるって言うし?あ、お米も今日にすれば良かったなぁ。
…そうだ…もう…、一緒に帰ったら、できるまで待たせる事になるんだった。私はね、先に帰って作り始めてるつもりだったのよ?朝、黒埼君に声を掛けられた時、そうするつもりだって言うの忘れちゃってたのよね。
あ、ねえ、アイスクリームも買って帰る。ちょっと高めのにする」

「はいはい。いくらでもどうぞ。待つのはいいんです。こうして一緒に買い物ができたから。えっと、売り場がばらばらだから、どこから行きます?あ、卵、まだ買ってなかったみたいですけど?」

「あっ、そうそう。偉い黒埼君。じゃあ、卵からね」

「はい、じゃあ…あっち行きましょう」

棚の上のプレートの表示を確認した。
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