恋の人、愛の人。


部屋に入るなり、あっ、梨買うんだった、と呟いていた。梨って共食いですか?て言ったら、よく言われるぅって言われた。
結局、俺は追い払われる形で缶チューハイを片手にテレビを観ていた。
おつまみになりそうな物って言って、揚げだし豆腐と、きゅうりと叩いた梅干しを合わせた物を先に作ってくれた。
何だかこれって…、望みが叶ってしまったみたいだと思った。…わざとかな…。あとは後ろとかでチョロチョロされると困るから、こっちには来ないでと釘を刺された。
ハ、ハ、ハ…俺の唯一の楽しみがなくなってしまったじゃないか。
梨薫さんのエプロン姿…。これも、もう見えないのかな…。後ろ姿でもいい、焼き付けておくか。こうして飲みながら、ご飯が出来るのをまってるなんて…贅沢な身分だ。普通、一緒に作った方がいい人のような気がするけど…。

…あぁ、炊き込みご飯が出来てるな…きのこの香りがする。今は味噌汁の具材を切っているみたいだ。長ネギとか、小気味よく刻む音はいいよなぁ。朝のご飯の用意みたいで…。
生姜焼きは焼くだけだし、そんなに手の込んだ料理はないわねって梨薫さんは言った。
それでも何種類か作る時間は掛かる訳だし。俺はなるべく一緒に寛いで居る時間を多くしたかったから生姜焼きを選んだんだ。餃子も好きなんだけど、作ってほしいって言ったら時間は掛かるもんな…。梨薫さんの作る餃子、食べてみたかったな。

「ねえ、黒埼君、お手伝いして?」

「あ、はい!」

お、何だろう。

「いいんですか?」

「え?どういう意味?心配しないで?誰でもできることよ。あのね、お茶碗とか、お皿を出して欲しいの」

「あ、はい…」

…何だ、梨薫さんの側には行かない手伝いか。
結局、皿は、これ?これ?と聞きながら出すんだけど、作ってる手は止まらないから、その程度の質問をされてもそれでいいらしかった。

希望通り。炊き込みご飯と生姜焼き。それから、具沢山の味噌汁に、まいたけや、野菜の天ぷら。鮭のホイル焼きもあった。キノコも余るし、ホイル焼きは梨薫さんが鮭を食べたかったらしい。

箸を並べお茶を入れ、席についた。

「では…、頂きましょうか」

「…はい。こんなに…、お疲れ様でした、有り難うございます。有り難く頂戴いたします」

飲みかけの缶チューハイと揚げだし豆腐も持って来た。

「…めっちゃ旨そうです」

「うん、大して味に失敗するものはないから大丈夫だと思う。食べよう」

「はい」

こうしてる時も時間は刻々と過ぎていくんだ…。
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