恋の人、愛の人。
「…梨薫さん?」

笑い声も、話し掛けてくる事もなくなったから、もしかしてと思い声を掛けた。

返事はない。声に気づかない程、夢中でテレビを観ているのとは違うと思った。大して興味をひく番組はしていない。ソファーの角に収まるように身体は力なく少し傾いていた。

近づいて顔を覗き込んでみた。瞼は閉じていた。…フ。眠くなっちゃったんだな。

…。

少しだけ狡さが顔を出した。このままハーフケットを掛けて寝かせておこうと思った。
なまじ抱え上げてベッドに運ぼうとして目を覚ましてしまったら、即、片付けやらをし始めて、終わればじゃあねと帰ってしまいそうだったからだ。
だから俺はそのままにした。そしてリビングの明かりを落とし、後片付けをする事にした。
テーブルの上の食器をなるべく音をたてないように運び、静かに洗い始めた。

…はぁ。…ご飯、美味しかった。本当、梨薫さんが作った色んな物をまだ食べてみたいと欲が過ぎった。
来週からだって、会社では会うのに、やっぱり、一つ終わってしまう事が何だか切ない。


ほぼ洗い終わった頃、何だか気配を感じた。
振り向いたのと同時だった。
お、…。こんな事…。

「気づかれちゃった。…いつかのお返し、フフ」

後ろから腕を回されていた。

「梨薫、さん…」

鼓動が音を立てて驚くほど速くなった。濡れていた手を急いで拭いた。

「ごめんね、もう片付けちゃったの?終わっちゃった?クス、エプロンすれば良かったのに。前、濡れなかった?」

「あ、はい、大丈夫です。終わりましたよ」

捲り上げていた袖を下ろした。

「やるって言ったのに。起きろって、起こしてくれたらいいのに」

「まあ…、折角気持ち良さそうに寝てるのに、起こすのもと思って…。
梨薫さん…」
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