恋の人、愛の人。
梨薫さんが移動してから静かだった。真夜中過ぎなんだから当たり前は当たり前なんだけど。
俺は鞄から元のDVDを取り出し、入れ替えた。
これは梨薫さんの運だ。
目にする事になるかも知れないし、…触れる事無く、消えてしまうかも知れない。
今、元通りにするのは俺の狡さだ。
ここに居る間に、何かの拍子で梨薫さんが観る事になったら、俺の事なんて…弾かれてしまうと思ったからだ。
…また、思い出す。知らなかった事実を知って昔に連れ戻されてしまう。
3年程の歳月は、充分気持ちを消化出来ているのか…、本人にしか解らない。
きっかけが夢でも、あんなになってしまうのは、思いが強くて深かったからだろ。忘れてしまえているとかでは無く、終わりは無理矢理封じ込めただけのモノだからだろう。いきなり断ち切られた思いはそのまま残っているんだ。
亡くなった事も、葬儀の日だって知らせなかった。病気であるという事も隠し通したんだ。
いくら連絡先が解るからと言っても、俺からその意志を無駄にするような事は出来る事ではなかった。終わらせたとも聞いていたからだ。
蔵下稜は俺の兄だ。
俺達の両親は離婚した。稜は父親の姓のまま、俺は母親の姓に変わった。
自分達が大きくなってからの離婚だったから、別にどうという事はなかった。
兄の稜とは、変わらず連絡を取っていたし、梨薫さんの事はつき合い始めて直ぐに携帯の写真を見せて貰って知っていた。
沢山、梨薫さんの話は…散々聞かされた。だから兄貴と同じくらい人物をよく知っている気分だった。
まさか、梨薫さんの居る会社に自分が入社するとは思わなかった。
俺から言わない限り、稜の弟だとは気がつかない。幸か不幸か、顔がよく似てるということもなかった。
兄貴にしてもそこは別々になった弟の事。
特に結婚の話にでもならない限りは敢えて紹介する事もなかったようだ。
梨薫さんには俺が稜の弟だと知られる事無く今日まで来られた。
だけど、これはやっぱり話さなければいけない事なんだろうか。
俺は俺。稜は稜だ。俺が弟だと知ったら…。