恋の人、愛の人。


結局、一睡も眠る事なく、俺は身支度を整えた。

まだ時間は早い。早朝だ。
映画を見終わって少しの時間、思いを巡らせて、それからの事だ。

布団は取り敢えず置かさせて貰う事にして、身の回りの持って来た物だけを持ち帰る事にした。
抜き足差し足だ。洗面台の歯ブラシや髭剃りを取って来るのは冷や冷やした。
布団を袋に入れファスナーを閉じ、リビングの隅に追いやった。本当…邪魔だな…。


手帳を取り出しダイニングの椅子に座った。

『邪魔ですが布団は後日また取りに伺います。鍵はその時まで持っておく事、許可してください。週明けには会社で会うというのに“プチ別れ”みたいで切ないです。涙。笑。子供なので、梨薫さんと顔を会わせて、笑って朝ご飯を食べる自信がありません。きっと情けない顔をしてしまいます。
お世話になりました。
昨夜、あんな映画を観て、しかも暗闇の中、理性を保った事、褒めてください。黒埼』

本当…、こんな物を書いたら別れみたいな気持ちになって嫌だな。

ふぅ。感傷に浸ってぐずぐずしている訳にはいかない。不意に起きて来るかも知れない。
梨薫さんだって部屋に移動しただけで寝ているとは限らないからだ。
ミシン目を折り、メモを切り取ってテーブルに置いた。


鞄と荷物を詰め込んだトランクを持ち玄関に行った。
部屋を振り返った。
一々感傷的になっていては…。はぁ。さっと出ろさっと。
靴を履き、部屋を出て鍵をした。

ゴロゴロとトランクを引くには煩いだろう。
持ち上げ歩いた。

エレベーターに乗った。
< 125 / 237 >

この作品をシェア

pagetop